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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)6238号 判決

原告(反訴被告)

木村茂男

右訴訟代理人弁護士

大石一二

大山良平

被告(反訴原告)

株式会社西田組

右代表者代表取締役

西田勝彦

被告

吉田春雄

右両名訴訟代理人弁護士

川谷道郎

松井忠義

山川元庸

主文

一  被告(反訴原告)株式会社西田組は、原告(反訴被告)に対し、九八万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五七年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)株式会社西田組に対し、九七万二二六六円及びこれに対する昭和五八年九月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告(反訴被告)の被告(反訴原告)株式会社西田組に対するその余の請求並びに被告吉田春雄に対する請求を棄却する。

四  被告(反訴原告)株式会社西田組のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、本訴反訴ともに、原告(反訴被告)と被告吉田春雄との間においては、原告(反訴被告)に生じた費用の三分の一と被告吉田春雄に生じた費用は全部原告(反訴被告)の負担とし、原告(反訴被告)と被告(反訴原告)株式会社西田組との間においては、原告(反訴被告)に生じた費用の三分の二と被告(反訴原告)株式会社西田組に生じた費用とを二分し、その一を被告(反訴原告)株式会社西田組の負担とし、その余を原告(反訴被告)の負担とする。

六  この判決は第一、二、五項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  本 訴

1  原告(反訴被告)の請求の趣旨

(一) 被告(反訴原告)株式会社西田組、被告吉田春雄は、原告(反訴被告)に対し、各自九四九万二六〇〇円及びこれに対する昭和五七年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告(反訴原告)株式会社西田組、被告吉田春雄の負担とする。

(三) 仮執行の宣言

2  請求の趣旨に対する被告(反訴原告)株式会社西田組、被告吉田春雄の答弁

(一) 原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

二  反 訴

1  被告(反訴原告)株式会社西田組の請求の趣旨

(一) 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)株式会社西田組に対し、七三六万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年九月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

(三) 仮執行の宣言

2  請求の趣旨に対する原告(反訴被告)の答弁

(一) 被告(反訴原告)株式会社西田組の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は被告(反訴原告)株式会社西田組の負担とする。

第二  当事者の主張

一  本 訴

1  原告(反訴被告)の請求原因

(一) 当事者

原告(反訴被告。以下単に「原告」という。)は別紙物件目録(一)記載の土地(以下「原告土地」という。)上に、同目録(二)記載の建物(以下「原告建物」という。)を所有している。

被告吉田春雄(以下「被告吉田」という。)は、原告土地・建物の東側に隣接する大阪市福島区野田四丁目七二番の四所在の土地(以下「被告土地」という。)を所有している。

被告(反訴原告)株式会社西田組(以下単に「被告西田組」という。)は、建築設計の請負及び工事施工を目的とする株式会社である。

(二) 本件被害の発生

(1) 被告吉田は、被告西田組に対し、被告土地上に鉄筋コンクリート造陸屋根三階建物(以下「被告建物」という。)の建築工事(以下「本件工事」という。)を請負わせた。

(2) 被告西田組は、昭和五六年一〇月初めころ、右工事に着工し、被告土地上にあつた木造一階建一部鉄骨造二階建物を解体し、被告土地を機械により掘削し、基礎構築をした上、埋戻工事をして基礎工事を完了し、その後昭和五七年五月一五日に被告建物を完成した。

(3) 原告建物は、本件工事の基礎工事のため、被告土地の掘削が開始された昭和五六年一〇月中旬ころより、東方向及び北方向に大きく傾斜し、それまで接着していた原告建物の西隣の建物との間に約二〇センチメートルの間隙が生じて、一、二階の床面も傾斜し、また土間や壁面に多数のひび割れが生じ、さらに玄関、襖、窓等の建具が変形してその開閉が不能になつた。

本件工事の終了後の昭和五七年八月二〇日には原告建物の押入れの底板が抜けた。

(三) 本件被害の原因

(1) 原、被告土地付近の地盤は軟弱である。

(2) 原告建物の傾斜は被告西田組が木製支柱と土留め板を打設し、掘削を始めてから約二週間後に発生している。

被告西田組が、土留工事の際、設計図に反して鋼矢板を打設した掘削部分の南側(大阪市側)には被害が発生していないにもかかわらず、原告建物から約三五センチメートルの原告土地との境界付近まで土砂を掘削し、切梁を使用せず、そこからやや後退した位置に木製の支柱を数本打設し、右支柱を支えにして薄い合板(縦約九〇センチメートル、横約一八〇センチメートル、厚さ一センチメートル未満)を土留板として使用した原告建物側は土砂の圧力により支柱が倒れかかつて土留板も湾曲し、何ら土留の措置を講じなかつた北側道路部分に至つては土砂が崩れ、道路面に傾斜が生じた。

(3) 被告西田組は、被告土地全面を機械により約二メートル掘削したが、土留板と原告建物の間の掘削部分を埋め戻しておく措置を講じたのみであつた。

(四) 被告両名の責任

(1) 被告西田組は、隣接する原告土地上に木造二階建の原告建物が存在し、かつ、基礎工事のため原告建物にきわめて近接した被告土地を相当掘削するのであるから、隣接する原告土地に地盤沈下やそれによる建物の傾斜などの被害が生じないような設計、工法の選択及び施工をする注意義務があるのにこれを怠り、原告から被告西田組が実施しようとしている工法では原告建物に傾斜などの被害が及ぶことを指摘されたにもかかわらず、これを無視して工事を施行した過失があり、民法七〇九条による不法行為責任がある。

仮に、被告西田組が本件工事を他の業者に下請させていたとしても、下請業者に前記過失があり、下請業者を被用者と同視しうる関係にあるから、民法七一五条による使用者責任を負うというべきであり、又は下請業者に対してなした注文、指図に前記過失があるから、同法七一六条による注文者の責任を免れない。

(2) 被告吉田は、本件工事現場付近の地盤が軟弱であり、隣接する原告土地上に木造二階建の原告建物が存在し、かつ自己の注文する被告建物が鉄筋コンクリート造三階建物であつて、その建築面積を最大限にとる必要から原告建物にきわめて接着した被告土地を相当深く掘削しなければならないことを十分知つていたのであるから、仮に同人に専門的知識がなかつたとしても本件工事の注文者として近隣の建物に損傷を与えるかもしれないことを容易に予見しえたはずであり、したがつて、被告建物の設計及び施工段階において、請負人である被告西田組に対し、損害発生の防止につき適切な指示、注文をなし、隣接する原告建物に対する損害の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と被告西田組に本件工事を一任した過失があり、民法七〇九条による不法行為責任がある。

(五) 原告の損害

(1) 復旧工事費用 六四九万二六〇〇円

前記のとおりの原告建物の損傷を補修するには沈下した基礎地盤の復元、傾き沈下した床面の修補、柱の建て直し、屋根の棟木及び束の調整、そのための屋根の一部ふき替等の工事が必要であり、右補修には六四九万二六〇〇円の費用を要する。

不法行為による損害賠償制度は、不法行為がなかつたならば維持しえたであろう利益状態を回復することを目的とするから、原告建物のように土地を考慮しないで建物のみの評価をすることが困難で、しかも損傷前の評価額で代替物を取得することが不可能である場合にはその修補費用をもつて損害額と解するべきである。

(2) 慰謝料 三〇〇万円

原告及び原告の家族(特に明治三九年生まれの原告の母)は、昭和五六年一〇月から現在に至るまで傾斜した原告建物に居住を余儀なくされ、又、本件工事の振動、騒音、ほこり等の被害に悩まされ、被告建物の工事完了日である昭和五七年五月一五日には原告の母が死亡し、多大の精神的苦痛を被つたものであるから、慰謝料としては三〇〇万円が相当である。

(六) 結論

よつて、原告は、被告西田組に対し民法七〇九条、七一五条、七一六条、被告吉田に対し民法七〇九条の不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害金九四九万二六〇〇円及びこれに対する不法行為の後の日である昭和五七年一月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する被告両名の認否及び主張

(一) 請求原因第(一)項の事実は認める。

同第(二)項(1)の事実は認める。

同項(2)の事実は否認する。

同項(3)の事実のうち、原告建物が本件工事開始後、東方向に傾斜したこと、昭和五六年一二月末ころ、原告建物内の一階部分の間仕切りの襖の一部と玄関扉が開閉不能の状態になつたこと、昭和五七年九月ころ、原告建物の一階押入れの床板が傾斜したことは認め、その余の事実は否認する。

同第(三)項の事実は否認する。

同第(四)項の主張は争う。

同第(五)項の事実は否認する。

同第(六)項の主張は争う。

(二) 本件被害の原因について

(1) 原告建物は、昭和二六年に建築された木造二階建の建物で、既に築後三〇年余り経過し、自然朽廃が著しく、又、建物の構造自体にも欠陥があつたものであるから、原告建物の損傷は、右の自然朽廃や建物構造自体に起因するものであつて、本件工事との間に因果関係は存しない。

(2) 仮に、本件工事と原告建物の被害との間に因果関係があるとしても、本件工事は原告建物の被害の唯一の原因ではなく、自然朽廃、建物の構造欠陥等を考慮すると、本件工事の原告建物の被害に対する寄与率は二割を超えるものではない。

(三) 被告西田組の責任について

本件工事の内、基礎杭打工事は、株式会社武智工務所(以下「武智工務所」という。)が、埋戻工事は大和建設株式会社(以下「大和建設」という。)が、それぞれ被告西田組の下請として施工したのであるから、被告西田組は右工事に起因する損害については責任を負わない。

(四) 原告の損害について

(1) 被告西田組は、原告の求めに応じ、原告建物の玄関扉、襖の取替、床、屋根シートの張替等を行なつたのであるから原告には損害が生じていない。

(2) 被告西田組は、本件工事期間中に原告から工事騒音、振動、ほこり等の被害について苦情を申し立てられたことは一度もなく、かえつて被告西田組の優秀な工事技法に対する高い評価を得ていたのであるから、原告は精神的苦痛を被つておらず、慰謝料の請求は失当である。

(3) 修補費用がその物の旧来の交換価額を超えるほど高い場合には、右交換価額を損害額と解するべきである。このように解さないと、他人の所有物を全壊させた方が一部毀損する場合に比較して損害額が低くなるという不合理が生じるからである。

本件では、原告建物の本件工事以前の交換価額は三五万円であり、その修補費用は四九〇万円であつて、修補費用が交換価額をはるかに上回るから原告建物の損害額は三五万円を超えることはない。

(4) 仮に、修補費用を基準として損害額を算定するとしても、損害額は三五万円を超えることはない。

すなわち、原告建物を仮に被告西田組の費用で新築するとすると七一〇万円を要するが、原告建物は新築前には三五万円の価値しか有していなかつたのであるから、差額の六七五万円は被告西田組の負担すべきものではない。同様に修補の場合にも、修補費用に四九〇万円を要するとして、修補後の建物の価値二三〇万円との差額は被告西田組が負担すべきものではなく、さらにそれでも原告は二三〇万円の価値を有する建物を所有することになり、修補前の三五万円との差額一九五万円を利得することになるからこれを控除すると、被告西田組の負担すべき賠償額はやはり三五万円となる。

二  反 訴

1  被告西田組の請求原因

(一) 当事者

本訴請求原因第(一)項(当事者)記載のとおりである。

(二) 建築設計請負契約の成立

(1) 被告西田組は、昭和五七年九月五日、原告から、鉄筋コンクリート造建物(延面積一六四・二四平方メートル)の設計を、最終工事請負見積額三六四六万円で依頼を受け、これを承諾した。

(2) 仮に、右事実が認められないとしても、被告西田組は、おそくとも昭和五八年五月二日、原告から以下のとおりの内容の建築設計の依頼を受け、これを承諾した。

(イ) 工事内容 原告土地上に鉄筋造四階建外構一式建築工事(延面積一六四・二四平方メートル)、設備工事一式を施工する。

(ロ) 工 期 昭和五八年四月一日から同年八月三一日(但し、後日梅雨明けに着工する旨変更された。)

(ハ) 請負代金額 三六四六万円

(ニ) 代金支払方法 契約時月末、棟上時月末に各三〇パーセント、竣工時月末に四〇パーセントを支払う。

(三) 事務管理

仮に、右(二)の事実が認められないとしても、被告西田組は、原告の新築建物の施工図、見積書の作成、道路境界明示、建築確認申請の手続を原告のためにする意思をもつて行つたのであるから、事務管理をなしたものといえる。

(四) 被告西田組による設計業務の完成

被告西田組は、昭和五八年五月中旬までに設計業務を完了し、施工図、見積書を作成し、工事に必要な道路境界の明示、建築確認申請の手続も終えた。

(五) 報酬額

(1) 被告西田組と原告との間の右建築設計請負契約及び事務管理では、いずれも設計についての確定的な報酬額の定めはないが、被告西田組は前記のとおり商人であるから、右請負契約あるいは商法五一二条により相当額の報酬を請求しうる。

(2) 昭和五四年七月一〇日建設省告示第一二〇六号(以下「告示」という。)、同日建設省住宅局長通達及びこれらに基づく社団法人日本建築士会連合会、社団法人日本建築士事務所協会連合会編集「建築士事務所の開設者がその業務に関して請求することのできる報酬の基準と解説」(昭和五六年増補改訂)によつて算出すると、被告西田組の報酬額は以下のとおりとなる。

(イ) 設計業務の直接人件費 二九八万九六〇〇円

(a) 被告西田組が原告から依頼を受けた工事は、告示別添一の別表第一の第四類一に該当する工事であるから、告示別添二により工事費を三五〇〇万円として設計、監理に要する標準業務人、日数を算出すると以下のとおり一四八{0.01277×35,0000.894=148(小数点以下切上げ)}となる。

設計だけの標準業務人・日数は、設計、監理の標準業務人、日数の六六パーセントに相当するから、以下のとおり九八{148×0.66=98(小数点切上げ)}となる。

日額人件費は昭和五四年において一万六〇〇〇円であるから昭和五八年における日額人件費は毎年六パーセントの人件費の上昇を見込んで算出すると、以下のとおり二万〇二〇〇円{16,000×1.064=20,200(小数点以下切上げ)}となる。

したがつて、設計業務に要する直接人件費の額は一九七万九六〇〇円(20,200×98=1,979,600)となる。

(b) 被告西田組は当初原告から右設計業務以外に五階建建物の設計業務の依頼も受け、これを行なつたが、右五階建建物の設計は、その途中で計画が中断し、給排水設備、電気設備等の設置に関する設計は行なわれなかつたから、設計の標準業務量の約半分である五〇人・日を要したものとして、直接人件費を算出すると一〇一万円(20,200×50=1,010,000)となる。

(c) よつて、被告西田組の設計業務の直接人件費の合計は、二九八万九六〇〇円(1,979,600+1,010,000=2,989,600)となる。

(ロ) 道路明示手続及び建築確認申請業務の直接人件費 二四万八〇〇〇円

(a) 道路明示手続申請業務に要する標準業務人・日数は社団法人大阪建築士事務所協会による建築確認申請業務等標準業務人・日数表によれば、延長二〇メートルの道路について七・五人・日であるから、本件道路については五人・日とするのが相当である。

本件道路明示手続申請業務を行なつた者は、一級建築士の免許取得後七年の業務経験を有する者であるから日額人件費は二万四八〇〇円である。

したがつて、道路明示手続申請業務の直接人件費は一二万四〇〇〇円(24,800×5=124,000)となる。

(b) 建築確認申請手続業務に要する標準業務人・日数は、本件の延面積一六四平方メートルの建物の場合には五人・日とするのが相当である。

建築確認申請手続業務を行なつた者は、一級建築士の免許取得後七年の業務経験を有する部であるから日額人件費は二万四八〇〇円である。

したがつて、建築確認申請手続業務の直接人件費は一二万四〇〇〇円(24,800×5=124,000)となる。

(ハ) 見積書作成業務及び施工図作成業務の直接人件費 四四万六四〇〇円

(a) 見積書作成業務は、前記の設計業務に含まれず、少なくとも八日間を要したから、前記のとおり、日額人件費を二万四八〇〇円として算出すると、その直接人件費は一九万八四〇〇円(24,800×8=198,400)となる。

(b) 施工図作成業務も前記の設計業務に含まれず、少なくとも一〇日間を要したから、前記のとおり、日額人件費を二万四八〇〇円として算出すると、その直接人件費は二四万八〇〇〇円(24,800×10=248,000)となる。

(ニ) 直接経費と間接経費 三六八万四〇〇〇円

直接経費と間接経費の合計額は、告示の略算方法によると、直接人件費の額に一・〇を標準とする倍数を乗じて求められるから、以下のとおり三六八万四〇〇〇円{(2,989,600+124,000+124,000+198,400+248,000)×1.0=3,684,000}となる。

(六) 結論

よつて、被告西田組は、原告に対し、建築設計請負契約又は商法五一二条に基づき、設計料七三六万八〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五八年九月二〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する原告の認否及び主張

(一) 請求原因第(一)項の事実は認める。

同第(二)項ないし第(五)項の事実は否認する。

同第(六)項の主張は争う。

(二) 建築設計請負契約の成立について

以下のとおり、原告と被告西田組との間には建築設計請負契約は成立していない。

(1) 原告は、本件工事による原告建物の損傷について、被告西田組に原状回復を第一義に求めていたが、被告西田組が本件工事を完了した時点において手直し工事をすると言明し、その旨の念書を差し入れたので、工事途中においては、単に開閉が不能となつた戸の補修等の応急措置を求めただけであつた。

(2) 被告西田組は本件工事完了後の昭和五七年八月二〇日過ぎころ、原告に対し、補償を前提に原告建物の建替案を提案した。

原告は原告建物が大きく傾いてしまつているので、予算で合意が得られれば、右提案に応じることとして、被告西田組に対し、とりあえず、見積書を提出するよう申し入れ、同年九月から一一月にかけて被告西田組との間で数回簡単な平面図の打合せを行なつた。

(3) 原告は、昭和五八年一月一〇日に被告西田組から建築確認申請のための委任状に記名捺印するように求められ、建物建築工事契約を締結していないし、工事金額も決定していないので捺印はできないと一旦拒否したが、被告西田組が契約が完了してから確認申請手続をすると申請の期間だけ工事開始が遅れるし、確認申請はいつでも取消ができ、原告に後日迷惑はかけないと説明するので、捺印に応じた。被告西田組は、結局、図面の不備のため、右確認申請をすることができなかつた。

被告西田組は、同年三月に原告の事前の承諾を得ず、自ら原告名義の印鑑を購入し、これを使用して再度建築確認申請書を提出し、同月二三日に受理されたが、それまで原告に対し、一切見積金額の提示をしなかつた。

(4) 被告西田組は、同年四月二日、原告に対し、右確認申請書とともに、初めて見積書を提示し、原告との間で実際に工事をするかどうかについての検討を開始した。原告は右見積金額は、四三六六万円で、補償金額として約五〇〇万円を差し引いても三八八四万円であり、原告の工事見込額二〇〇〇万円と大きく異なつていたので、被告西田組に対し、右見積額ではとても工事はできないと申し入れた。

(5) 被告西田組は、昭和五八年四月二五日にも原告に対し、図面及び工事費三七四三万五〇〇〇円の見積書を提示したが、右金額でも原告の見込額と大きな隔たりがあるので、原告は、同年五月二五日、被告西田組に対し、工事請負契約はできない旨申し入れ、被告西田組はこれを了承した。

(6) ところが、被告西田組は、突如、同月二八日に原告に対し、これまでの設計費、見積費計三一三万六〇〇〇円の支払を求め、本件工事による原告建物の補償費用は右設計費用等を控除すると存在しないと言明した

(三) 報酬額について

前記のとおり、補償交渉の一環として、原告建物の建替案が検討されたのであるから商法五一二条の適用はありえない。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一本 訴

一当事者

原告が原告土地上に原告建物を所有していること、被告吉田が原告土地、建物の東側に隣接する被告土地を所有していること、被告西田組が建築設計の請負及び工事施工を目的とする株式会社であることは、当事者間に争いがない。

二本件被害の発生

(一)  被告吉田が被告西田組に対し、原告土地、建物の東側隣接地である被告土地上に被告建物を建築する本件工事を請負わせたことは、当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠〉を総合すれば、以下の事実を認めることができ、以下の認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 被告西田組は、昭和五六年一〇月一二日に下請業者を使つて、被告土地上にあつた木造一階建一部鉄骨造二階建物の解体工事を開始した。

その後、被告西田組の下請である武智工務所は、昭和五六年一〇月下旬に約六日間にわたり、ソイルコンクリート工法、すなわち、重機械であるスクリューオーガーで所定深度の一、二メートル手前まで掘削し、先端よりセメントミルクを注入しながら掘削土と十分混練させ、所定深度まで掘削してソイルセメント柱を形成した後、杭を右ソイルセメント柱内に挿入し、杭頭部を重錘でおさえこむ工法により長さ八メートルのコンクリート既製摩擦杭四九本(その内、原告建物と約八〇センチメートルの距離に近接しているもの六本)を打設して杭打工事を行なつた。

被告西田組の下請である大和建設は、右杭打完了後、一一月上旬に約四日間にわたり、土留工事と掘削工事を行なつた。すなわち、土留は原告建物との境界線際に末口一〇センチメートル、長さ二・五メートルほどの松丸太を約九〇センチメートル間隔に九本打込み、その西面に縦九〇センチメートル、横一八〇センチメートル、厚さ一二ミリメートルの合板を打付けて土留板とし、支保工は腹起し九センチメートル角材上端一段、切梁も九センチメートル角材を松丸太一本おきに取付け、被告土地の北側で道路に隣接する部分にも同様の土留を行なつたが、被告土地の南側で大阪市の中央卸売市場に隣接する部分にはコンクリートブロック塀があつた関係上、鋼矢板を土留板として使用した。又、掘削は重機械により土留に沿つて深さ一五〇センチメートル、幅約一・一メートルの溝状に掘土された。

右大和建設は、掘削完了後、基礎コンクリート工事のため、約一二日間そのままの状態においた後ほぼ一日で埋戻工事を施工した。

また、大和建設は原告建物との間の地盤に対する養生工事として掘削後埋戻までの間シートで覆つただけで、埋戻後は放置したままであつた。

(2) ところが、原告建物は右土留工事及び掘削工事の直後に東方向に傾斜しはじめ、昭和五六年一二月末ころには原告建物内の一階部分の間仕切りの襖、押入れの襖、玄関扉等が全く開閉不能になり、本件工事終了後の昭和五七年九月ころには、原告建物の中の被告建物よりの一階押入れの床板が傾き、収納物が落下した。(但し、原告建物が本件工事開始後、東方向に傾斜したこと、昭和五六年一二月末ころ、原告建物内の一階部分の間仕切りの襖の一部と玄関扉が開閉不能の状態になつたこと、昭和五七年九月ころ、原告建物の一階押入れの床板が傾斜したことは当事者間に争いがない。)

(3) 原告は、原告建物が傾斜した直後の昭和五六年一一月ころに、被告西田組に対し、補修をしてくれるよう申し入れたが、同被告から本件工事完成後にまとめて補修した方がよいとの回答があつたので、これに応じ、同被告から、本件工事により原告建物に被害が生じた場合は、同被告が原形に復旧する旨の記載のある念書を受領した。

原告は、同年一二月末に原告建物内の部屋の襖、押入れの襖、玄関扉等が全く開閉不能になつた時には、被告西田組にその旨申し入れ、同被告から応急措置として、開閉が可能になるよう補修してもらい、昭和五七年八月ころに、原告建物内の一階押入れの床板が傾いた時には同様に同被告から応急的な補修を受けた。

(4) 昭和五九年六月三〇日現在の原告建物の損傷は以下のとおりであり、現況のままでは地震、台風などに対する抵抗力は極めて弱い。

(イ) 基礎部分

基礎部分は煉瓦や玉石に不同沈下、変化が生じている。

(ロ) 軸組部分

一階三畳北側の柱は、内法あたり東へ四三ミリメートル、南へ一〇ミリメートル、二階六畳南東隅の柱は内法あたり東へ三八ミリメートル、南へ八ミリメートルと傾き、全体として東へ約一二センチメートル、南へ約三センチメートル傾斜している。

一階床は根太、大引とも不同沈下のため、不陸、床組は緩んでいる。

内法材、梁桁、小屋組は柱の影響をうけ、仕口継手とも歪や隙間を生じ、特に一階三畳と台所の間の敷鴨居、便所入口の敷居、二階東側階段の側板と胴差などの仕口はそれぞれ約一〇ないし三〇ミリメートル程度隙間を生じ、脱落寸前の状態となつている。

(ハ) 外壁部分

軸組の傾斜、歪により、北面の台所腰壁には約九〇センチメートルほどの亀裂が数箇所あり、東、南面のモルタル壁にも同様の亀裂が認められる。

(ニ) 屋根部分

小屋組は柱の影響から東方向に下つており、したがつて、や母屋も歪んでおり特に西側隣家との接合部は瓦葺の乱れから雨漏りを生じている。

小屋根回りは比較的良い状態にある。

(ホ) 内装部分

床はいずれも不陸で、内壁はチリ隙間や亀裂が目立つが天井には不陸、歪があるものの比較的しつかりしているようである。二階西寄りの部分には雨漏りの跡がある。建具回りは建付不良のものが多く、モルタル塗上間は玄関内外、裏便所横などにおいて大きく亀裂している。

三本件被害の原因

(一)  〈証拠〉を総合すれば、以下の事実を認めることができ、以下の認定に反する証拠はない。

(1) 原告建物は昭和二六年ころ新築されたが、基礎の外周は地盤にベースコンクリートを打ち、その上にセメント製煉瓦を二段並べにして土台を敷いた布基礎、内部は玉石を据え、その上に直接柱を建てた戦後初期の施工方法で施工されており、煉瓦の基礎は上からの荷重に対し、耐力が弱く、特に曲げ応力度は零に等しいなど、基礎の構造に大きな欠陥があつた。

しかし、本件工事前には原告建物内の襖の開閉等に支障はなかつたし、特に東方向に傾斜しているということもなかつた。

(2) ところで、本件工事現場付近の地盤は安治川に近く、地表より四メートル付近まで砂混り粘土層、八メートル付近まで砂層で以下は粘土層であり、地下水位は約一メートルの軟弱なものである。

(3) 本件工事においては、前記のとおり、重機械を使用してコンクリートの基礎杭が打設されたが、地盤の状態によつては重機械の移動や杭打による移動により地盤を緩め、不同沈下を加速することがある。

土留工事においても、本件工事においては、松丸太の根入れ長さ(通常は松丸太の地上と地下が同程度の長さ)、土留板の厚さ(通常は三〇ミリメートル位)が不足しており、切梁の数やコンクリート工事中の切梁の取扱い等が適切を欠いているため、原告土地の地盤の東方向への土圧を支えきれず変位して煉瓦基礎及び玉石が東方向に変位かつ沈下するおそれがある。

本件工事においては、掘削工事においても重機械が使用されたが、重機械の掘土による振動が土留の変位を助長することがあり、涌水のポンプ排水により、原告土地の地盤の地下水位を低下せしめ、沈下を助長するおそれがある。

埋戻工事における埋戻土の性質に応じた水締めの施工、養生工事における天候に応じた養生シートの処置等が不適切な場合、土留の効果を弱める可能性が高い。

(二) 以上の事実によると、原告建物は被告建物の存在する東側に傾斜して損傷が発生していること、原告建物の右傾斜が本件工事の基礎工事とほぼ同じくして発生していること、右基礎工事において原告建物から至近距離で基礎杭、土留板の打設、地下掘削など周囲の地盤に影響を与えると考えられる工事が行なわれていることが認められ、加えて本件工事現場付近の地盤が軟弱であること等を総合すると、原告建物の傾斜、損傷は本件工事の基礎工事(杭打工事、土留工事、掘削工事、埋戻工事及び養生工事)が原因となつて生じたものと認めるのが相当である。

もつとも、前記認定のとおり、原告建物は昭和二六年ころ新築され、本件工事までにすでに三〇年余りの期間が経過しており、基礎の構造に大きな欠陥があつたのであるから、原告建物に生じた損害のすべてが本件工事を原因として発生したものとすることはできない。

以上の事情と原告建物の堅固程度、建築後の経過年数等を総合考慮すると、本件工事が原告建物に発生した前記損傷に及ぼした割合は七割であると認めるのが相当である。

四被告両名の責任

(一)  被告西田組の責任

(1) 〈証拠〉によれば、被告西田組は本件工事の内、基礎杭打工事を武智工務所に、土留、掘削及び埋戻工事を大和建設にそれぞれ下請させていた事実を認めることができる。しかし、他方、証人西田晴一の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告西田組は工事の実施面をすべて下請会社にさせているが、自らは工事の設計、監理を担当していること、本件工事も被告西田組の従業員である一級建築士西田晴一が設計し、工事現場で下請会社従業員を指揮監督していたこと、本件工事をめぐる原告との被害交渉にもすべて右西田があたつていたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

そうすると、元請負人である被告西田組と前記下請負人との間には、使用者と被用者と同視しうる関係があるものというべきであり、被告西田組は民法七一五条により、下請負人が工事を遂行するにつき原告に加えた損害を賠償する義務があるものと解される。

(2) 〈証拠〉によれば、前記武智工務所、大和建設は本件工事現場付近のボーリング調査結果、被告西田組の指揮等から右地盤が軟弱であることを十分知悉していたことが認められ、又原告建物に近接して基礎杭四九本(その内六本は至近距離に打設)を打設し、被告土地全体を約一五〇センチメートル掘り下げるのであるから、建築業者である武智工務所、大和建設としては右工事の施工が原告土地の地盤に影響を及ぼし、原告建物に傾斜の被害を生ぜしめるおそれのあることを予測しえたはずであり、従つて、工事施工者として重機械の移動や杭打による振動を最小限にし、十分な土留工事をなす等適切な被害防止の策を講ずべき義務があるのに、これを怠り、重機械による振動等に何ら方策を講じることなく、不十分な土留工事しか施工せず、もつて原告建物に前記傾斜、損傷を与えたものであるから、武智工務所、大和建設はこれによつて原告が被つた損害を賠償すべき義務があるというべきである。

(3) したがつて、前記のとおり、被告西田組は武智工務所、大和建設の実質的な使用者というべきであるから、民法七一五条により武智工務所、大和建設が原告に加えた損害を賠償する義務がある。

(二)  被告吉田の責任

(1) 〈証拠〉によれば、被告吉田は建築関係に特別の知識経験を有しない工事の単なる注文者にすぎないこと、被告西田組及びその下請業者は被告吉田に独立して自らが計画、立案した順序、方法にしたがい本件工事を施工したことが認められ、これらによれば、本件工事現場付近の地盤が外形上一見して軟弱であると判断できる場合は格別、そうでない本件においては被告吉田はその工事の施工を専門の知識経験を有する建築業者である被告西田組に一任しているかぎり、本件工事現場に隣接して木造家屋が存するという一事から、あえて、右工事の注文に際し、特に自らその地盤の硬軟などまで判断したうえ、その工法を決定して右工事を注文し、あるいは、右建築業者に特別の指示を与えてまで隣接家屋に対する損害の発生を未然に防止しなければならない注意義務はないといわなければならない。なおまた、被告吉田が本件工事の注文に際し、被告西田組に特別の注文あるいは具体的な指示を与えたことを認めるに足りる証拠はないから、原告建物に対する損害の発生が注文者たる被告吉田のなした特別の注文あるいは具体的指示に基づくものではないことはいうまでもない。

(2) したがつて、被告吉田には本件工事の結果、原告に及ぼした損害については責任がないものというべきである。

五原告の損害

(一)  復旧工事費用

(1) 原告建物の傾斜、損傷による損害額の算定について、原告は原告建物の修補費用を損害額とすべき旨主張するのに対し、被告西田組は本件では修補費用は本件工事前の原告建物の交換価額を超えるから、右交換価額によるべきであると主張するので検討する。

建物の所有者が損傷を受ける前にその建物を他に処分していた事情がある場合は格別、所有者自身右建物に居住し使用を続けようとしている事情の下では、所有者は損傷を受けた後も同種同等の建物を入手する必要があり、したがつて修補費用の支出を余儀なくされることとなるから、仮に右費用が本件工事における建物の価額を上回らないならば、右価額に相当する金員を受領することにより、損害が発生しなかつたと同一の状態を回復しうることとなるが、右建物価額では修補費用を下回る場合には修補費用自体が損傷により建物所有者に生じた損害となるといわざるをえない。ただその者が損傷を受けた建物に修補を加えることにより、損傷を受ける前より価値のある建物を取得することになる場合には、原状回復以上の利益を取得することとなるので、損害賠償の本質が原状回復にある点からその分を賠償額から除くべきである。そして、その方法としては、建物のようにその価額が年月日の経過によつて急落しないものにあつては修補によつて延長した耐用年数に対する割合に相当する額を修補費用から控除する(いわゆる定額法)のが相当である。

これを本件についてみると、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件工事当時、原告建物を他に処分する気持など全くなかつたことが認められ、又、鑑定の結果〈反証排斥略〉によれば、原告建物を修補(解体再築工事)するには、四九〇万円の費用を要すること、原告建物の本件工事前の耐用年数は五年であつたが、右修補により約二〇年延長することが認められるから、右修補費用四九〇万円から修補によつて延長した耐用年数に対する割合に相当する額を控除すると残金九八万円が原告の損害となる。

そして、本件工事が原告建物に発生した損傷に及ぼした割合が七割であることは先に認定したとおりであるから、被告西田組が負担すべき損害額は六八万六〇〇〇円(980,000×0.7=686,000)となる。

(2) 被告西田組は、原告の求めに応じ、原告建物の補修を行なつたから原告には損害が発生していないと主張するが、前記認定のとおり、被告西田組の行なつた補修は応急措置的なものにとどまり、原告建物はなお根本的な補修を要することは明らかであるから右主張は採用できない。

(二)  慰謝料

前記認定事実と本件に顕われた諸般の事情からすると、原告は本件建物の傾斜、損傷により平穏な日常生活を害されたものであつて、その精神的苦痛に対する慰謝料としては、三〇万円が相当である。

なお、原告は、原告建物内に居住していた原告の母が死亡したことも慰謝料を算定するにあたつて斟酌する事情として主張し、成立に争いのない甲第三号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告の母は本件工事中、原告建物に居住しており、昭和五七年五月一五日に死亡したことが認められるが、本件工事が原告の母の死に影響を与えたことを認めるに足りる証拠が存在しない本件においては、この点を斟酌して慰謝料を算定することはできない。

六まとめ

そうすると、原告に対し、被告吉田は不法行為による損害賠償義務を負わないが、被告西田組は不法行為による損害賠償として九八万六〇〇〇円及びこれに対する不法行為の後の日である昭和五七年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものといわなければならない。

第二反 訴

一当事者

先に本訴において認定したとおりである。

二建築設計請負契約の成立

(一)  〈証拠〉を総合すれば、以下の事実を認めることができ〈る。〉

(1) 原告は、本件工事が開始されてまもなくの昭和五六年一一月七日に、被告西田組の従業員で一級建築士である西田晴一(以下「西田」という。)に対し、本件工事により原告建物が傾斜したので補修してほしい旨申し入れ、その際、原告建物の補修方法について話し合つたが、それ以降、原告と西田は原告建物がかなり古く老朽化していることもあつて、(イ)被告西田組が原告建物を無料で補修する、(ロ)被告西田組が原告に補修費用を現金で支払う、(ハ)被告西田組が補修費用分を値引きして新築するという三つの方法の検討を開始した。西田はその際、原告に対し、新築の場合には、木造なら坪約三〇万円、鉄骨だと坪約四〇万円、鉄筋だと坪約五〇万円ないし六〇万円の費用を要すると説明し、原告から一度図面を見せてくれるように依頼を受けた。

(2) 西田は、右依頼に応じて原告から入手した登記書類等を参考に、昭和五七年一月七日に、三階建の原告の家の設計図(乙第三号証の一)を作成したが、原告から三階の和室を大きくしたいとか、一階の駐車場は不要である等の要求がでたため、さらに、同月一一日に右設計図を原告の要求に沿うように書き直した図面(乙第三号証の二)を原告に手渡した。

(3) 原告は、昭和五七年五月一五日に原告の母が死亡したため、その後しばらく西田に対し連絡をしなかつたものの、同年九月五日に至り、西田に対し、原告建物の押入れの床が傾斜したので修理してほしい旨の申し入れを行ない、その修理の際、建物が倒壊する危険を感じたため、西田に対し、同年三月七日に作成した図面(乙第三号証の一)を基本に原告の新居を設計してほしい旨依頼し、西田はこれを承諾した。

(4) 西田は、右依頼に応じて同年九月一〇日、一部四階建の建物の基本図面(乙第三号証の三)を作成し、原告と打合せを行なつたが、原告から浴室の外に庭を作つてほしいなど部屋割り等について詳細な要望があつたので、右要望をいれ、さらに同年九月一八日、同年一〇月一三日も数通の基本図面(乙第三号証の四ないし一二)を作成し、同様に原告と打合せを行ない、二枚の基本図面(乙第三号証の一三、一四)に整理した。その間も西田は、工事費が概算でどの程度になるかを原告に説明していた。

(5) その結果、西田は原告の敷地が小さいので法規制に違反しても五階建の建物にしてほしいという要望を受けて、これに基づいて本設計図(乙第四号証の一ないし一五)を作成し、建築確認申請の許可には時間がかかるため、事前に手続をしておく方がよいとの西田の忠告を原告が聞き入れ、原告から昭和五七年一二月二四日に建築確認申請手続を代行するに必要な委任状(乙第六号証の五)の交付を受け、昭和五八年一月八日には原告の妻が立会つて、大阪市との境界明示を行ない、境界明示図(乙第六号証の六)の交付を受けて、建築確認申請手続の準備は整つたが、西田が五階建にすると近所から苦情が出るおそれがあると原告を説得して、結局確認申請には至らなかつた。

(6) 西田は、その後、原告の了解を得て、四階建の建物の建築確認申請手続を行なうこととし、一般図(乙第六号証の七ないし一八)、構造計算書(乙第六号証の一九)を作成し、前記五階建建物の際の委任状(乙第六号証の五)、境界明示図(乙第六号証の六)を流用し、さらに原告の承諾を得て原告名義の三文判を購入し(手続終了後、原告に返還)、建築確認申請手続を代行するに必要な書類(乙第六号証の二ないし四)を作成して、右確認申請書類を大阪市建築主事に提出し、同年三月二三日に確認通知を受けた。

(7) 西田は、右確認通知後、四階建建物の本設計図(乙第一四号証)及び給排水設備計画図(乙第七号証)、電気設備の配線図(乙第八号証)、ガス設備の配管図(乙第九号証)を作成し、同年四月一日、原告に総額四三六六万円の見積書(甲第八号証、乙第一五証)を提示したが、使用建具等の質などで値引することとし、さらに同月二五日、総額三七四三万五〇〇〇円の見積書(乙第一〇号証)を作成し、原告に提示して交渉にあたつた。

西田は同年五月二日、原告との交渉において、さらに右金額を三六四六万円に減額することとして、原告も最終的にこれを承諾し、工事は梅雨明けに着工することとなつた。

(8) 西田は、同月一三日から施工図の作成にとりかかり、四枚の図面(乙第五号証の一ないし四)を作成したが、同月二五日に原告から電話で、建築資金を出してくれることになつていた原告の兄から、税務署の調査があるといけないので資金は出せないから中止するよういわれたので計画を中止するとの連絡を受けたため、作成中の図面(乙第五号証の五)を含め、以後図面の作成をとりやめた。

(9) 西田は、同月二八日、原告に対し、これまでの建築確認費及び設計手数料として三一三万六〇〇〇円の請求をした。

(二)  以上の事実によれば、原告は昭和五七年九月五日、被告西田組に対し、原告が三階ないし五階建の鉄筋コンクリート造建物を建築するか否か、右建築工事を被告西田組に請負わせるか否か決定するため必要な設計図、構造計算書の作成、建築確認及び道路明示申請手続並びに工事費の見積りを依頼したものと解するのが相当である。

原告は、被告西田組が原告建物に隣接する被告建物を建築した際、右工事によつて原告建物が損傷を受けたため、被告西田組と補償交渉を行なつたが、その過程で被告西田組から補償費用分を割引くから新築してはどうかという提案があつたので、予算で合意が得られれば、右提案に応じることとして、とりあえず見積書を提出するよう申し入れ、結局、被告西田組の見積が原告の見込額二〇〇〇万円より高すぎて予算があわなかつたため、新築を断念したにすぎないのであるから建築設計の請負契約など成立していないと主張し、原告本人もこれに添う供述をする。しかし、前記認定のとおり、原告は数回にわたり西田と詳細な打合せを行ない、自分の希望に応じた建物の構造計算書を含む詳細精密な設計図を作成させ、建築確認申請手続まで完了し、工事見積額についても数回交渉した上、最終的な合意に至つたにもかかわらず、原告の一方的な都合のために建築を断念したというのであり、原告が右建築設計を依頼する意思は極めて積極的であり、かつその依頼の範囲は通常の補償交渉の範囲を大きく超えていたというべきであるから、たとえ補償交渉の過程で本件設計の話がはじまつたとしても、これをもつて、建築設計請負契約の成立を妨げる事情とはなりえないというべきである。

三設計業務の完成

被告西田組が昭和五八年五月中旬までに本件設計業務を完了し、見積書を作成して、工事に必要な道路境界の明示、建築確認申請手続を終了したことは先に認定したとおりである。

四報酬額

(一)  本件においては、報酬約定がなされていないが(見積書中の確認申請及び設計手数費は実際に工事が施工された場合の金額であるからこれをもつて報酬約定とみることはできない。)、前記認定のとおり、被告西田組は建築設計、施工を業とする株式会社であり、前記設計、見積が被告西田組の営業行為に属することは明らかであるから、たとえ両者間において明示的に報酬支払の合意がなされていなくとも、被告西田組は原告に対し、商法五一二条に基づき、業界内部の基準、当事者間の従前の慣行、仕事の規模、内容、程度等の諸事情を斟酌して相当額の報酬を請求しうるというべきである。

(二)  そこで報酬の額について検討する。

被告西田組は建設省の告示等の基準に従つて、報酬を請求するが、〈証拠〉によれば、被告西田組は通常の場合、右基準よりかなり低い報酬額の取り決めをなしていること、設計監理費の内三分の二強を設計費とみていること、被告西田組は総額四三六六万円の見積書を作成した際に、確認申請及び設計手数費として二〇〇万円を見込んでいたこと、被告西田組は原告との交渉で右確認申請及び設計手数費を値引することも考えていたことが認められ、これらによれば、被告西田組は通常の場合、工事費の四ないし五パーセント程度を設計監理費とし、その内三分の二強を設計費と見ているが、状況に応じてかなり減額しうると考えていたというべきである。

以上の報酬額取り決めの実情、右設計図と構造計算書等の作成は原告と被告西田組間における右建物工事契約の締結を目的としてなされたものであり、しかも本件では、補償交渉の一環として設計請負契約が締結されたのであるから、右成約による工事利益を得べき被告西田組がその不成約による損失負担の危険を負うのが相当であること、被告西田組は業者として、設計に入る前、工事契約が不成立に終つても設計料は受領する旨原告に十分説明し、無用な紛争を防止しておくのが相当であつたことなどの事情を総合し、本件設計及び建築確認申請手続(被告西田組は見積書作成費用、道路明示申請手続費用を設計費用、建築確認申請手続費用と別個に請求するが、弁論の全趣旨によれば、設計費用には工事費の見積は当然含まれること、道路明示申請手続は建築確認申請のために必要とされるもので、当然、建築確認申請手続費用に含まれることが認められるから、見積書作成費用及び道路明示申請手続費用を設計費用、建築確認申請手続費用と別個に報酬として認めることはできない。)の報酬額を算出すると、原告と被告西田組との間で一旦合意した総費用三六四六万円の四パーセントの三分の二である九七万二二六六円未満切捨て)をもつて相当と認める。

被告西田組は、施工図作成費用を設計料と別個に請求するが、前記認定のとおり、本件では被告西田組は、施工図の作成を完了していないのであるから、請負の性質上その費用を認めることはできない。

また、被告西田組は原告から鉄筋コンクリート造四階建の建物以外に鉄骨コンクリート造五階建の建物の設計業務の依頼も受けたとして、別個に報酬の請求をするが、原告と被告西田組との間に成立した設計請負契約は前記のとおり、必らずしも四階建あるいは五階建の建物と確定されていたわけではないのであつて、五階建建物を四階建建物に変更する程度のことは、設計業務の性質上、通常予測されるというべきであるから、たとえ、被告西田組が四階建建物以外に五階建建物の設計をもなしたとしても、別個に報酬を認めることはできない。

五まとめ

そうすると、原告は商法五一二条に基づき、被告西田組に対し、設計料及び建築確認申請手続費用九七万二二六六円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五八年九月二〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務があるものといわなければならない。

第三結 論

以上の理由により、原告の本訴請求は被告西田組に対し、九八万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五七年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、被告西田組に対するその余の請求並びに被告吉田に対する請求は理由がないから棄却することとし、被告西田組の反訴請求は原告に対し、九七万二二六六円及びこれに対する昭和五八年九月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとして、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福永政彦 裁判官森 宏司 裁判官神山隆一)

物件目録

(一) 大阪市福島区野田四丁目七二番の一二

宅地 四〇・三三平方メートル

(二) 大阪市福島区野田四丁目七二番地の一二所在

家屋番号 七二番一二

床面積

一階 二九・六〇平方メートル

二階 二三・一二平方メートル

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